Sheila Jordan/Jay Clayton 主催第一回ジャズヴォーカル・ワークショップ
in Up-State, N.Y. /2002. 2.20~2.24 美山夏蓉子

 

 現在最高峰のジャズヴォーカリストで、ジャズ教育者としても偉大な実績を残しているシーラ・ジョーダンとジェイ・クレイトンが主催するジャズ・ヴォーカル・ワークショップが2月20日から5日間の日程で行われた。マンハッタンのペン・ステーションからアムトラック(列車)で約一時間半ほどかかる、ニューヨーク州の北部、アップ・ステイトにある牧場内のペンションを借り切っての合宿生活で、参加したシンガーはシーラ・ジョーダンとジェイ・クレイトンの推薦による11名。うちカナダ人5名、アメリカ人4名、アルゼンチン人1名、日本人1名(美山)。全員が女性。プロのジャズ・シンガーとプロを目指しているシンガーを対象にした実践的なマスタークラス・ワークショップとなった。

 一日目、ペンションを案内してもらいながら、自分の泊まりたい部屋をひとりずつ決めていく。まずはゆっくりリラックスできる環境を自分の意志で決定することから始まる。その後、全員の顔合わせを兼ねて、これから練習場として使用することになるバーン(納屋)の中に作られたホールで、一人1曲づつ披露。ひとりひとりにシーラとジェイが短いコメントを加える。

 このホールは響きが実にアコースティックで、伴奏者の女性ピアニスト、ペグも感動していた。シーラとジェイがこのワークショップの主旨を説明する。「これまでいくつものワークショップで教えてきたけれども、どれも楽器奏者も参加していて、ヴォーカリストだけのためのワークショップがなかった。時間をたっぷりとって、うたに焦点を絞った、ヴォーカリストだけのワークショップを開こうとずっと考えてきた。今回はその記念すべき第一回目のワークショップで、これを機会に続けていきたいと思う。明日からのスケジュールは決まっているけれども、フレキシブルにやって行きたいので、随時希望があれば言ってほしいし、話し合いながら、作って行きたい」

 そしてラウンジに集まり、全員で夕食をとる。明日から、ここで三食をビュッフェスタイルでとることになる。街と完全に隔離された場所で、音楽漬けの五日間が始まった。

 二日目。午前10:00、バーンに全員集合。ジェイによるウォーミング・アップ。まず、簡単な5パターンからなるエクササイズ。身体をほぐし、リラックスすることから始める。つづいて、発声練習。スケールによる練習のあと、締めくくりとして、即興スタイルによる発声練習。音も決めずに、テンポも決めずに、各人が思い思いにロングトーンとショートトーンを繰り返しながら発声。それにのせてジェイが詩を朗読する。お互いの音を聴きながら、自然に終結させていく。約30分のウォーミング・アップが終わる。

 11:00?12:30、クラスを2つに分ける。まずAグループがバーンで、シーラのレッスンを受ける。Bグループが別のペンションのリビングでジェイのレッスンを受ける。(午後は交代する)美山はAクラスになったため、バーンでシーラのレッスンを受ける。この時間帯は、ひとりずつ、自分のうたいたい曲を二曲づつクリニックしてもらう。他のシンガーのレッスンを聴いていてもよいし、自分の曲の予習をしていてもよいし、個人個人好き好きに過ごす。5人のシンガー全員がスタンダードを選曲。

 「できあがった曲をやる必要はない。どんどんミスを犯しなさい。譜面ならたくさん持ってきたから、やりたいと思う曲を選んで、今から覚えればいい。」四日目にコンサートが組まれていて、その時に披露する曲を練習することになる。譜面を書くのが苦手な人、歌詞が覚えられない人、英語の発音に手こずる人(美山)、それぞれを助け合いながら、はげましあいながら、同じ時間を過ごす喜びを感じる。ペグの伴奏のうまさに驚く。もとはシンガー志望だったとのこと。なるほど、全員納得。

 「スキャットしたかったら、どんどんしなさい。でも、したくなかったらしなくたっていい。ジャズ・シンガーだから、こうしなくちゃいけない、なんてことはひとつもない。ただし、まずは原曲のメロディーを正確に知ることから始めなさい。そして、歌詞を正確に知ること。歌詞の意味を感じ、歌詞の中に没頭しなさい。大事なことはタイムをキープすること、耳を澄まして音に集中すること、そして、自分の内側から歌うこと。すべてはここ(スピリット)にある。」そう言って左胸に手を当てた。

 午後2:00?3:00。全員バーンに集合。ジェイによるインプロ(即興)のレッスン。伴奏者なし。何人か一列に並び、ジェイが起点となり、前の人のフレーズを引き継ぎながら、スキャットをする。キーも、テンポも、リズムも、小節数も、何の決め事も作らずに、始める。ひたすら、前の人の音に集中する。次ぎにリズムだけ決めて、同じように回していく。何巡目かになって、自分のフレーズをパターン化し、それをキープしていく。最後に全員の音が重なったところで、終結。リズムをラテン、ワルツ、4ビートで試していく。約一時間これをやると、自分の出す音に集中してくるし、自分以外の人の音がよりはっきり聞こえてくるし、リズムに乗ることが容易になってくる。

 午後3:30?4:30。全員バーンで、シーラによるインプロのレッスン。

 シーラが全員にマイルスの"Bebop Lives(Boplicity)" の譜面を配る。まずシーラが手本に何回か歌う。歌詞が音符にのらずに全員苦労する。テンポを遅くして練習。一時間ひたすら、慣れるまで練習。

 午後5:00?6:30。AグループとBグループが交代。Aグループはイエロー・ハウスと呼ばれるペンションのリビングで、ジェイのレッスンを受ける。一人の提案により、マイナスワン・テープ(いわゆるカラオケ)で、何かの曲を流しながら、各人が練習しているスタンダード曲の歌詞を朗読してみることになった。美山はスロー・テンポのテープをかけながら、"Lover Man"を朗読した。英語のリズムと歌詞に没頭。かつてないほどの集中力を使った。これは非常に役立つ練習方法だ。夕食のあと、各自部屋に戻り、自習。美山、必死にBoplicityを練習。

 三日目。午前中は前日と同じ内容となった。午後2:00?3:00。ジェイによるインプロのレッスン。今回は"Autumn Leaves"のスキャットの練習。何人か一列にならび、8バースを繰り返す。必ず前の人のフレーズを引き継ぐことが決められた。何巡かしてから、1コーラスづつスキャットする。繰り返しているうちに、コード進行になじみ、スキャットすることへの恐怖感や力みが消えていくのが分かる。次ぎに三人一組になり、ひとりがルートを歌い、ひとりがストレートメロディーを歌詞を付けずにうたい、残るひとりがインプロする。これをひとりひとり交代にやっていく。これは、コーラスの練習に非常に役立つ。

 午後4:00?5:00。シーラによるインプロのレッスン。前日に引き続き"Boplicity"。今回は、全員曲になれてきたところで、何人か一列に並び、スキャットの練習。まず、8バース。(ひとり8小節づつ、スキャットして行くやり方)何巡かしたところで、1コーラスづつスキャットしていく。これを繰返してコード進行が身に付いてきたころを見計らって、「今度は1コーラスづつスキャットしている間にちょっとしたハプニングがあるからね。」とシーラ。不安になりながらスキャットしていると、途中でピアノがブレークして、完全にアカペラでスキャットすることになる。ピアノに頼っていると、アカペラになったとき、コード進行、テンポとも、とんでもなくはずれてしまう。曲を完全に把握せずにスキャットすることの危険性を教えられた。また、繰り返しシーラは強調して言った。

 「スキャットするときにたくさんの音をつめこもうとしないこと。もっとシンプルに始めてみること。全音符だけ使ってスキャットしてみよう。それでも美しいフレーズができる。次ぎに二分音符で。更に次ぎにはシンプルなひとつのフレーズを繰り返して使ってみよう。コードによって、ほんの一音変えるだけで、一曲歌えちゃう。意味のない音の羅列はやめよう。シンプルに、シンプルに。タイムだけ、キープして。」

 「すばらしい演奏を聴いて、コピーしてごらんみんなシンプルで美しいから。マイルス、チェット・ベイカー、フレディー・ハバート、そしてバード!ちょっと難しいかもしれないけれど、バードのフレーズのなんて美しいこと!」

 そして「わたしもマイルスのフレーズ、コピーしたわ。今でもうたえる。」と言って、パーカーのバンドでやっていた"Now's The Time"のマイルスのフレーズをまるまる歌ってくれた。

 午後5:00?6:00。前日と同じくイエロー・ハウスで、ジェイのレッスン。今回は、各自の選曲した曲を、明日のコンサートのためにレッスン。ジェイ自身がピアノで伴奏。サウンドがすばらしい。

 四日目。10;00?のウォーミング・アップのあと、夜のコンサートのためのリハーサルに入る。コンサートでは、ペグのご主人がベースを弾くことになった。まず、くじ引きで、歌う順番を決める。次ぎに譜面の書き方、ミュージシャンへの曲の説明の仕方、カウントの出し方、立ち方、からだの向き等など、ひとつひとつ実践にそって指導。一番のシンガーから順番にはじめ、午前中で半分がようやく終了。昼食をはさみ、午後から残りの半分のリハーサル。その間もお互いが助け合いながら、譜面を完成させたり、歌詞のチェック、メロディーの確認を繰り返し行った。ようやく、全員のリハーサルが終わったところで、シーラが言った。「大事なのは、耳とスピリット。それを信じて。あなたがたを傷つけるようなことを平気でいうミュージシャンもいるかもしれない。わたしもよく言われた。そんなとき、こう言ってやった。”あなたは、チャーリー・パーカー?ちがうわよね。だって、彼は一言だって、そんなことは言わなかったもの”」

 午後9:00?、バーンで、コンサート。近所の住人、知り合いたちが次々にやって来た。少しだけおしゃれをしたシンガー全員がそろうと、シーラとジェイが挨拶。今回のワークショップについて説明をし、惜しみない協力をしてくれた、ペンションのオーナーのグレンとそのスタッフを紹介した。

 いよいよシンガー達の出番。予想以上のパフォーマンスをするシンガー、歌詞を忘れてアドリブで笑いをとるシンガー、テンポ出しを間違えてどんどん落ち込んでいくシンガー、ひとりひとり個性豊かなステージを繰り広げた。

 ちなみに美山は"In A Mellow Tone"と"If You Could See Me Now"の2曲。そして全員がステージに上がり、ブルースを思い思いに歌って行った。「Kayoko,日本語でうたって!」と言われ、「こんにちは、ありがとう、さよなら、また会いましょ」をみんなと連呼した。

 最後にジェイとシーラが"Now's The Time"のヴォーカリーズとスキャットを展開して、コンサートは、終了した。

 五日目。最終日の朝、全員でリビングでブランチをとる。その後、今回のワークショップの感想や、意見を全員で話し合う。シーラとジェイから「今回は初めての試みだったけれど、成功だったと思う。改善するところは、色々あると思うけれど、是非続けて行きたい。」そして、あるシンガーは、「きのうのようにコンサートをやる必要はないと思う」またあるシンガーは、「もっとインプロの時間を増やしてほしい」そして、「次回も男性抜きでやってほしい。男性がいると、妙な意識が働いて音楽に集中できない。」などなど。最年少のシンガーが涙ぐんだ。すると次々に別れを惜しんで、涙が伝線した。 ここでの貴重な経験を土産に、それぞれのシンガーたちが、自分の場所に帰って行った。

 それにしても、シーラ・ジョーダンとジェイ・クレイトンの情熱とエネルギーはどこから来るのだろう。五日間の二人の獅子奮迅ぶりにただただ圧倒されてしまった。レッスンだけでなく、食事の時もシンガーたちの相談にのり、経験談を語り、スタッフへの心配りを忘れず、事務処理もこなしている姿に感動した。三日目の夕刻、何人かと一緒にシーラの車で、ペンションから15分ほど離れたシーラの別荘に行った。シーラが部屋中を案内してくれた。そして、壁じゅうに飾られた何枚ものジャズ・メン達の写真を見て、その答えを見つけたような気がした。そこにはジャズへの尽きない愛情があふれていた。だれかが言った。「シーラは、本当にジャズと共に生きてきたのね。」すると、シーラがウインクしながらこう答えた。「そう。そしてわたしたちはみんな、ジャズという名の牢屋の囚人なのよ!」 おわり


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